栗原葉子・石橋博

美術商 富士鳥居

東京の表参道に佇む富士鳥居は1949年(昭和24年)原宿表参道に創立。日本の美術品と文化を国内外に広める使命を担っている。店先で和やかに私たちを出迎えてくれるのは、栗原氏と石橋氏。Akaitoは同社の会長マーク・リー・フォードと長年にわたって親交のある富士鳥居に、サフランをテーマとした美術品の製作協力を依頼した。今回、栗原氏と石橋氏に、ご自身が富士鳥居で美術品に関わることになったきっかけや、未来についてお話を伺った。 (Akaito Limited 大鷲幸奈)

Fujitorii

富士鳥居 代表取締役 栗原葉子氏(右)、石橋博氏(左)

栗原葉子 氏 (代表取締役)

東京・恵比寿で生まれ、母親の影響で茶道に親しんで育った。その後、富士鳥居を経営していた先代のご主人と出会い、美術品の世界に足を踏み入れた。とはいえ同店は家族経営であったこともあり、当時はあまり表に出ることはなかったという。状況が一転したのは12年前、ご主人がが55歳でお亡くなりになったときであった。突然、歴史ある富士鳥居の舵を取ることとなった栗原氏は、悩んだ末、「娘がもう少し成長して、ここをどうするか決められるようになるまで、私がちょっと預かろう」という気持ちで経営を引き継いだそうだ。それが富士鳥居の今日につながっていると、栗原氏は柔らかな微笑みを浮かべながら語った。

Mrs.Kurihara
インタビューに答える栗原氏

石橋博 氏

東京生まれ。さまざまな場所を転々とした後、偶然の縁で富士鳥居の仲間に加わった。当初、美術品業界に携わる予定はなかったため、知識の全くない状態から、富士鳥居での経験を通じて美術品の奥深さを学んだと言う。知識も経験もない中、美術品を扱うことは苦労が多かったことだろうが、「今日まで楽しみながら勉強し続けてきた」と話す石橋氏には天職であったに違いない。

Mr. Ishibashi
作品について説明する石橋氏
Large Dish

Akaito所蔵オリジナル美術品:山田義明(2023年) 「サフランの大皿」九谷焼
10号六角皿。サフランの花の雌しべの赤色がきれいに出ている作品。

Akaito所蔵オリジナル美術品の国産サフランに関するコレクションは全て唯一無二の作品である。

九谷焼は、伝統的に九谷(現在の石川県加賀市、旧加賀藩)が発祥の地とされてきた日本の磁器である。九谷焼は17世紀から18世紀初頭の古九谷と、19世紀に生産が再開された再興九谷の2つの時期に分けられる。九谷焼、とりわけ古九谷の時代の作品は、絢爛豪華な美意識を象徴するような鮮やかな濃色が特徴的である。五彩手と呼ばれる古典的な五彩には、緑、紺青、黄、紫、赤が含まれる。絵柄は大胆で、風景や自然の美しさ、人物などが描かれ、一幅のほとんどを占める。
赤、紫、緑は日本のサフランの特徴的な色である。そのため、山田嘉明はサフランの価値が金に匹敵することを念頭に置き、六種類の上絵付け技法のうち、対照的な2つの様式を用いた。緑、黄、紫、紺青を基調とした吉田屋風と、赤の上絵の上に金をシンプルに塗った永楽風である。 中央の色彩豊かなサフランの花と、六角形の頂点に交互に位置する3つの蕾は吉田屋風で、紫色の花びらと青々とした葉が、鮮やかな深紅の雌しべと黄色の葯とのコントラストをなしている。花びらと蕾には、日本のサフランの特徴である、ライラックのような淡いパステル調の色合いから、より濃く筋の入ったモーブ色へのグラデーションが見られる。残りの頂点に位置する3対の満開のサフランは、永楽風のスタイルを採り入れ、深紅の地色に金色で描かれている。

 

美術品の真髄を伝える

富士鳥居では美術品の価値を見極めた上で、顧客と共有することを大切にしている。栗原氏と石橋氏にとって良い美術品とは、高価で価値が認められているというだけではなく、歴史と技術、そして作り手や前の持ち主の想いが織り交ぜられたものだ。その全てを理解し、顧客に魅力を伝え、また顧客にも理解してもらうことこそが、自分たちの使命だと考えている。その美術品の背景と顧客の感性の双方を大切にし、丁寧に美術品を引き立たせる姿勢は、富士鳥居の魅力のひとつである。 

またお二人は大切にしていることとして、品物の扱いを挙げた。品物を丁寧に扱うこと自体は一見普通のことのように思えるが、その背景には美術商ならではの想いがあった。「形あるものが壊れてしまうのは仕方ない。けれども、昔から今日へと繋がってきたものを壊してしまうと、やはりそこで歴史が終わってしまう」という先代の考えを受け継いでいる。

Screen saffron
Akaito所蔵オリジナル美術品:鈴木漣(2023年) 「サフラン」屏風(紬地に岩絵具)
日本のサフランが野生の状態で咲いているのを写実的に描いた珍しい作品である。50輪ほどのサフランの花は花や雌しべそれぞれの異なる表情を見せている。
Akaito所蔵オリジナル美術品:高島新(2023年) 中棗
黒漆に浮かび上がる螺鈿細工のサフランが美しい。

美術品を通じて日本文化をより身近なものに

富士鳥居には国内外から多くの人が訪れるが、栗原氏は、日本文化が分からなくなっている人が多いという。その理由として、特に日本では幼いころに美術に触れる機会が少ないことを挙げ、日本の美術品をもっと身近に感じてもらうことが大切だと話した。具体的には美術を体験できる教育の場を提供することや、伝統工芸士が職業として成り立つように支援していくことを挙げた。また富士鳥居は、日本文化とワイングラスを融合させたり、猫のデザインを採用するなど親しみやすいものを通じて日本の文化に触れる機会を提供している。

Tea Cups

Akaito所蔵オリジナル美術品:山田義明(2023年) 「サフランの湯飲み」九谷焼 組湯呑
サフランの小さな花の特徴を活かして小ぶりな作品に印象的に描かれている。

若い世代へ

石橋氏はこれから美術商を目指す人へのアドバイスとして、「覚えることが多いため、きちんと調べることが必要だが、新しいことを知ることは一番の楽しみでもある」と語った。美術商として美術への好奇心、知識欲は欠かせないものなのであろう。栗原氏は続けて、「多くのものを見て、できれば触れてみてほしい」と話す。触れられるかどうかは状況にもより、難しいことであるが、触れることによって感じとれるものがあるという。

表参道で最も長い歴史を持つ老舗の富士鳥居。栗原氏と石橋氏はこれからも日本の美術を守り、未来へと繋げていくことだろう。

南蛮船

Akaito所蔵オリジナル美術品 (写真上・下):鈴木漣(2023年) 「南蛮船 – 17世紀出島へのサフラン伝来」屏風(紬地に岩絵具)

サフランが初めて日本に伝来した歴史的瞬間を見事に捉えた、鈴木漣による稀有な傑作である。この貿易船はオランダ東インド会社のもので、船が海岸に着岸し、そこから南蛮貿易の商人たちがサフランの花、雌しべの入った小箱、そして球根の入った大きな箱は少し後ろから二人が肩に担いだ棒から下げて運んでいる様子を生き生きと描き出している。
マストの上の見張り番から陸上の武士に至るまで、この場面に登場する約50人の人物は、それぞれの職務や地位に応じて異なる衣装を身にまとい、異なる行動をとり、異なる人格さえ表現している。鈴木の構成は、さまざまな活動がそれぞれ独立して進行しているにもかかわらず、背後の帆船から、南蛮の貿易商たちの行列、そしてそれを見守る人々へと巧みに鑑賞者の視線を導き、風を感じるような躍動感を画面全体に与えている。鮮やかな色彩と華やかな表現は、私たちを歴史的瞬間に引き込み想像力をかきたてる。

サフランの出島を通じて日本に伝わったのは1641年と考えられているが、ポルトガル人が日本から追放され、平戸から出島に商館が移転する前の1609年から1639年の間に平戸に伝わった可能性もある。正確な年は不明だが、サフランの花が咲く11月下旬から12月中旬であることは間違いないだろう。

サフラン伝来

Akaito所蔵オリジナル美術品:島田瑞鳳 (画)、石川夏舟(書)(2023年) 掛軸
俳句:番紅花の命つなぐや赤い糸  陽光樹
山田義明:九谷焼の大皿、抹茶碗、組湯呑
2023年に富士鳥居の店頭ディスプレイに展示された。

株式会社 富士鳥居

1949年 原宿表参道に創立。富士鳥居という屋号は、戦後間もない頃、一面焼け野原だったこの場所から富士山と明治神宮の鳥居が見えたことに由来している。

Website:  http://www.fuji-torii.com/
Instagram:  https://www.instagram.com/fujitorii/

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