サフランの歴史:佐賀県鹿島市
Akaitoサフラン®︎の生産地である佐賀県鹿島市では江戸時代からサフランが薬として製造されていました。今回、鹿島市役所のご協力により歴史的文献等をご紹介いたします。
鹿島市におけるサフランの歴史は江戸時代文政年間に遡ります。当時の森田製薬(現在の祐徳薬品株式会社の前身)が取り扱っていた薬品のリストにおいて「サフラン湯」が「子宮 血の道の妙薬」という説明付きで記載されている文献が現存しています。(写真上)
鹿島市史によると、1818(文政元)年頃初代森田判助が長崎在留オランダ人に膏薬の製法の秘法を受け、「唐人膏」と名付け販売したのが起源であると言われています。3代目の明治末期には全国的にビジネスを広げ、1921(大正10)年には製造高30万円、従業員約170名、そして1931(昭和6)年には製造高50万円*、従業員約200名に達しています。[*当時の50万円は現在の価値に換算すると9億円以上]
サフラン湯については、1920(大正9)年の森田製薬製造高明細において、製造個数201,400個、価格14,098円という記録が残っています。



日本で長く漢方薬として利用されてきたサフラン。Akaitoサフラン®︎の地元である鹿島市においても、このようにサフランとライフ・サイエンスの歴史が脈々と受け継がれています。